『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』のファーストインプレッション

エヴァQ』には封切り早々に行ってレビューもすぐに書いたんですが、諸事情により原稿がボツに…。死蔵しとくのももったいないし、賞味期限もあるものなので(出遅れちゃった感アリアリですが)こちらで公開しておきます。今月の11日に出演するオタ大マンスリーの「ヱヴァQ」大放言祭もよろしくお願いします!

●ピアノの謎から「Q」が確定する日
 2012年7月、テレビでピアノの音が流れた。おそらく日本で最も多くの人々が耳を澄ませた音色は、『エヴァンゲリオン新劇場版:Q』のテレビ特報だ。淡々と曲が弾かれるCGの鍵盤を食い入るように見るほどに、僕らは「Q」の情報に飢え切っていた。
 『エヴァンゲリオン新劇場版』4部作の第三作であり、前作『破』から3年。その間に与えられた「Q」のヒントは、わずかに2回。『破』の劇場版での予告編と、2011年夏にテレビ放映された次回予告だけだ。ロンギヌスの槍に貫かれた初号機、エヴァに取り込まれたシンジと綾波、凍結されるNERV本部。まるっきりテレビ版の終盤をなぞるようだが、次は序破急のうち“急”にあたる話。何より、タイトルの“急”が“Q”に差し替えられて、ただならぬ予感……こんな思わせぶりから1年ぶりの「ピアノ」だったのだ。
 その宙ぶらりんにピリオドが打たれたのが、2012年11月17日のこと。世界最速で公開された新宿バルト9は、深夜零時に隣のビルまで行列が続く凄まじい熱気に包まれた。とらえどころがなく不確定な存在だった「Q」が、日本全国ありとあらゆる観測者によって確定する日がやってきた!

●地獄絵図だってエンターテイメントだ!
シンジが目覚めると、そこは前作『破』から14年後の世界。あれ、リツコさん髪切った? 青葉くんはヒゲ生やしてエラソーだし、ミサトさんは変な帽子をかぶってるし……「碇シンジ、何もしないで」。シンジがヒーローらしく戦った「破」のラストから、とんでもなく落差の大きい「Q」の物語の始まりだ。
 開幕のスペクタクルは、国産アニメの新記録を塗り替える勢いの豪華絢爛さだ。宇宙空間におぼろげに浮かぶ巨大なブースターらしき機影が2号機(「破」で大破して改修された“改”)としだいに分かり、スケール感と空間感覚さえつかめずスゴさだけが伝わる映像。マリの8号機と共同で何やら回収してるみたいだが、猛烈なスピード感とめくるめく動きに振り回される快楽に酔いしれるしかない。
 が、それさえも前フリ。ミサト達が乗っているのは巨大な空中戦艦と明かされる驚き! 予想してなかったというより「やっぱり」というショックだ。NERVの発令所も艦橋の形をしていたし、『宇宙戦艦ヤマト』大好きな庵野監督のシュミ丸出しだな〜と眺めていると、大活躍するときのBGMが『不思議の海のナディア』のネオノーチラス号と同じじゃん! そんなコアなネタを劇場でやっちゃうんだ……。
 映像体験はハイになるアッパー、ドラマはどんよりするダウナー。シンジの主観では『破』の事件はついさっきのことで、ミサトさん綾波を助けるための男の戦いを応援してくれたはず。なのに、なぜエヴァに乗せてもらえないか説明もなく、アスカはガラスにヒビが入るパンチで怒り全開で、NERVは敵だとか意味不明だし、エヴァに乗ったら死ぬ首輪まで付けられてしまう。ぼくが、何したっていうんだ!?
 ええ、しでかしたんです。「僕がどうなったっていい。世界がどうなったっていい。だけど綾波は、せめて綾波だけは絶対助ける!」そう前作のクライマックスで言い切ったのは他でもないシンジだ。世界より綾波を選んだことを、心のどこかで分かっている。けど、分かりたくないのだ。
 「Q」のシンジは、以前のシンジと変わっていない。かたくななミサト達に愛想を尽かし、アヤナミ(あえてカタカナで書きます)と一緒にNERVに行くのも、本人が決めたこと。他人の顔色をうかがったり言いなりにもならず、自分の頭で考え、他人と積極的に関わっていこうとする前向きな人格は「破」のまんまだ。
 みんなのために弁当まで作る、気遣いのできる健全な14歳。でも、まだ14歳だ。「破」での暴走がもたらした結果が、NERVに戻ったシンジにみじんの容赦もなく突きつけられる。使徒を吸収した初号機がサードインパクトを起こし、第三新東京市やそこに住む人々も…。正義感と視野の狭い愛情に駆られた青臭い行動の代償が、人類ほぼ滅亡。他のアニメなら大目に見られるものをきっちりツケを払わされる、それがエヴァだ。
 シンジは過ちを認めようとしない。前向きに頑張れば道は開けるとまだ思っている。だから、行動に「逃げる」。テレビや旧劇場版のシンジは何もしたいことに「逃げ」ていた。新劇場版のシンジは無為に耐えられない。でも、サードインパクトの引き金を引いたことを受け入れたくないから、何かをすることに「逃げる」のだ。
 そんなシンジの世話を焼くのが渚カヲル。怪しさは相変わらずだが、ピアノを連弾して心のケアをしたり、空白の14年を説明してくれる。が、今回はカヲルさえ予想外のイレギュラーだらけだ。あの握りつぶされる瞬間でも悟り切ってた彼が狼狽えるのだから、「Q」はどれだけ斜め上なんだろう。
それでも、シンジは希望を捨てようとしない。やり直しできると信じてエヴァに乗り、カヲルが止めるのを振り切って決断する。「破」で最高にヒロイックでかっこいい戦いをしたシンジのまま、最低に浅はかな「バカシンジ」に成り果てたのだ。
 劇場を出てきたお客はどうしたらいいのヨと困り顔と、ガッツポーズの2パターン。たぶん前者は新劇場版が初エヴァだった人らで、後者はテレビ版のリアルタイム世代(筆者を含む)。ろくに説明もしない大人の都合に振り回される可哀想なシンジくん、俺達のエヴァが帰ってきた!というわけだ。
 とはいえ、テレビ版と「Q」のシンジは、絶望に沈んでる結果は同じようで、そこまでの道のりは大違い。前は何もせず、この世界ではやる気がありすぎた。別にテレビ世代の大勝利でもないし、初エヴァ派の負けでもない。「序」や「破 」で持ち上げておいてドーンと落とすのもエンターテイメントの一種だ。これほど全編あますところなく地獄絵図のアニメなんて、世界中どこを見渡してもありませんよ?
 まぁ「破」の後に流れた予告編と「Q」本編がまるで違ってたあたり、シンジもろともお客を絶望のどん底に落とそうとする茶目っ気が透けて見えますよね。庵野監督の底意地悪さ(褒め言葉)が枯れてなくて安心ですが、シンジ株は落ちるところまで落ちたのだから、完結編での爆上げを期待して待ちますよ!